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January 07, 2009

よっぱらったSF妄言

昔、ふと妄想したことなのだが、言語と貨幣は同質のものなのではないか。
あくまで妄想なので、何の検証のしようもない妄言だとわかっているのだが、今だに、よく思ってしまうことのなので、私の中では妙にしっくりとくる考えのようである。
以前、「資本主義の後には何が来る?」という催しをやった時にも、この"言語と貨幣は同質論"をうわ言のように述べていた憶えがある。
例えば、もし生物がテレパシーを使ってコミュニケーションをとるようになったら、その生物は貨幣を必要としない社会システムを構築しているだろうと。
ん?
というか、社会システムといった枠組み自体が全く違う形態をなしているに違いない。
アーサー・C・クラークの名作SF小説に「幼年期の終わり」というのがあり、それは、突然、世界中の子ども達が、共通意識を持つようになり、やがて大人達を駆逐していく、という内容のもので、思春期の頃、興奮して読んだものだ。
そうそう。
昔は結構、SF好きだったんだよなぁ。
忘れてたわ。
で、まぁそういった流れで、ある頃から、土地所有の禁止された社会というものについてもよく考えるようになった。
実際に、同様のことを100年前に考えて実行したレーニンという人がいて、結果としては、血で血を洗うような、とてつもない殺伐が吹き荒れたわけで、その試みはやはり人間原理にあっていないものなのだろう、とも思う。
でもどこかで、土地の所有というもの自体がはらむ原罪について、つい糾弾したくなる衝動はあるわけ。です。
地球が木星くらいにデカかったら良かったのだろうか。
ん〜。
デカけりゃデカイなりにいろいろありそうだよなぁ。
結局、閉鎖系に生きざるを得ないわけで。
土地の所有権は認められないかわりに、その上でやる事業はかまわん、というのはいかがだろう。
もひとつやな。
所有権じゃなくても、事業利権は消えないしな。。。
じゃ、土地の所有権は認めない、事業は公共性・公益性のあるもののみ許可する、というのはどうか。
一緒か。。。
普通、どんな会社でも、社会貢献を謳ってるよなぁ。
といったあたりでいつも、貨幣と言語、エネルギー保存則の限界などについて物思う次第。
しまいにゃ、ビッグバンまで遡ってしまいそうだ。
人間である以上、よくもわるくも人間という生物の機能にあわせた社会に生きていかざるを得ないのだろう。

さいごに。
人間の機能とは、何か。

とどのつまりは、脳の機能なんじゃないかと。。。
そして、この脳の機能というのが、もひとつなんじゃないかと。。。
ああ、人類自虐的脳。

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Comments

SFファンだったんですね!
『幼年期の終わり』は昨年5月の連休に読みました。
おもしろかったです。
私もSF好きです。
日本だと筒井康隆が好きです。
海外だとフィリップ・K・ディックあたりがかっこいいなあ、と思っていました。
もちろんアーサー・C・クラークも敬愛する作家さんです。
またよかったらお逢いしたときにSFの話相手になって下さい。よろしくお願いします。

Posted by: S.I | January 10, 2009 at 12:18 AM

>S.I.さん

ええそうです。
昔はかなりのSFファンでした。
はっきり言ってツツイストみたいな時期もありました。
「朝のガスパール」ぐらいまでのは、殆ど読んでいますが、どれをベスト作品としてあげるか、選ぶのが難しいくらいに、素晴らしい作品が多いですよね。
個人的には、村上何某さんより、よっぽど、世界に誇れる作家さんだと思うのですが、向こうでの翻訳があまり出ていないのかな?
もちろんディックも大好きですよ。
すっかり忘れていましたが、SFの話、いろいろしたいですねー。

Posted by: いいじま | January 10, 2009 at 01:30 AM

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